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Nostalgic thing

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熱海 on my mind

bonnet4[1]


ATAMI! アタミ! 熱 海!
何とも郷愁を誘う響きだ。

それぞれの家族に旅行の想い出というのがあるのだろう。
まあ昔のことなら、家族旅行なんかした事ない、、
なんて人もいるだろう。
勤め人の家庭であれば会社の保養所の思い出だったり、
祖父母の田舎が素敵な場所にあれば、
里帰りして野山を駆けたり、海で日焼けしたり、、
人それぞれなのだろう。

自分にとっては 「 熱海 」 でのこと。
一体ここには何度訪れた事だろう。
幼少時から数えれば、滞在した日数だけでも100?
いや200日は優に超えているだろう。

何故そんなに熱海なのかというと、、、
我が家は自分が生まれる以前から、
父が小さな商売をしている家だった。
商人の家は、何かと忙しく、まとまった休みは取れない。
なので時間が空いたとき、直ぐに行って帰ってこれる
近場の観光地の熱海は都合が良かったのだろう、、、
そう、そのように長い間理解していた、、、のだが。

ただその全てが熱海だったわけじゃなく、
お隣の伊東や箱根湯本だったり、
イレギュラーで水上温泉だったりしたけど、
まぁ、概ね熱海。


bonnet3[1]


大人になり母と昔話をしていた時、
何で熱海にあんなに行ったのかね?
と何気なく聞いた事があった。

母:伊東は隣でしょ。

自:??・・・・・ 湯本は?

母:小田原まで車で10分。

自:えっ! まさか、、じゃ、水上?

母:桐生も伊勢崎も前橋も、何でもあるでしょ。

あっ、そうかぁ~

水面を切り裂いてスプレーを散らし疾走するボートも
鍛え上げられた男たちが自転車を猛って鍔迫り合いをするのも、
魂を揺さぶる爆音を轟かせて矢の如く目前を飛んでいくバイクも、
そして溢れる動物愛護精神を持つ彼は、
たてがみをなびかせ駆ける、
美しくも力強いお馬さんが大好きだった。

そんな父の多趣味ぶりを、すっか~り、忘れてた!

(注釈:小田原競輪 伊東温泉競輪場 前橋競輪場 桐生競艇場 伊勢崎オートレース場)

だから父は母と自分を宿に放り込むと、そそくさ姿を消すか、
母と自分だけチェクインを済ませると夕食前に戻ってきた。
なので父の肩車に乗って、後楽園遊園地 ( かって熱海にあった ) で
遊ぶなどという事は決してなかった。

なので、年を取った今に至るまで、どっか行くか?
となると、反射的なんだか惰性なんだか、、
良くわからないが、
熱海でもいくかぁ、、となる。


bonnet2[1]


熱海に行くには大概は車で行ったのだが、
開業間もない新幹線で行くこともあった。
高度経済成長期の日本。
当時の熱海はまさに栄華を極めていた。
新婚旅行といえば熱海。
そんな時代だった。

熱海駅の改札から吐き出される観光客を目指し
旅館の屋号が入ったのぼり旗を立てた従業員が殺到して
熾烈な客引き合戦が繰り広げられる。
とにかく活気があった。

湯に浸かり、夕食を済ませると、
母に手を引かれ、夜の熱海の街に繰り出す。

浴衣に丹前、下駄を鳴らしてそぞろ歩きする
道にはいっぱいの泊り客。
どの顔も幸せそうだ。
色とりどりの貝細工が吊り下げられたお土産屋さん。
温泉饅頭を蒸かすおばちゃんの呼び込みの声。
射的場やスマートボール場から聞こえる家族たちの笑い声。

そんな中、何よりも自分にとって鮮烈なイメージを残したものは、

ホテルの豪華に煌めくネオン管の光だったり、
ストリップ劇場やスナックの妖しいサインの明かりだったり、
干物屋さんやお土産屋さんの軒先に吊るされた
電球の明かりだったり。
また柳の袂の薄暗い路地。
(注釈:昔の街路樹は柳が多く、路地に街燈は少なかった)
その奥にぼんやり灯る、
多分飲み屋さんの提灯とか看板の明かりなのだろう、
その仄かで儚げな明かりとか。

そんな光景が子供心にクラクラして眩暈がするほど美しく思えた。
まるで夢の中にいるみたいだった。

子供のころのそんな記憶のひとつだけど、
今自分がこの仕事についているのも
そんな記憶とは無縁ではない気がする。


bonnet1[1]


あれから随分時が経ったけど、
前述の様に相変わらず熱海に行く。


錦ヶ浦の突先にニューアカオというホテルがある。
このホテルは赤尾旅館という小さな旅館が前身だが、
熱海の名勝地である錦ヶ浦という岬を大規模開発して建てられた、
まあ、当時としては豪華絢爛な超近代的なリゾートホテルだ。
オープンは73年だから、43年経ったことになる。

ホテルニューアカオ

当時、凄いものが建ったなぁ~、との思いがあり、
一度泊まってみたいな、、と思っていた。
そんな念願が叶い79年に初めてそこに泊まった。

キャッチボールくらい、余裕で出来そうな広々としたロビーに入る。
遮るものが何一つない全面ガラスの向こうに
なだらかな山から広がる熱海の街と、
初島と大島を望む相模湾が一望出来た。
隅から隅まで敷き詰められたフカフカの絨毯、
点てられた抹茶の香り、美しい和装の女性が奏でる
お琴の二重奏の音色が、泊り客を迎えてくれた。

そして最近再び訪れる機会を得たのだが、、、
広々としたロビーと景色は変わらなかった。
けれども、フカフカだった絨毯の毛は寝ていて、
抹茶のいい匂いはしなっかた。
優雅な琴の音色は、中国語の喧騒にとって代わられ、
高級ホテルに相応しかった宿代は、学生でも泊まれる値段に。
手入れはホテルの人たちの頑張りが伺えるが、草臥れていた。
そこはクラッシクホテルの様に手を入れれば入れるほど、
輝くような年代もののホテルではない辛さだ。
ただただ古くなるだけ。

何だか博物館にある恐竜の骨格標本みたいだと思った。
恐竜は大きいから、博物館でも広いホールに展示されている。
そこにはそれを見上げる入場者で賑わっているから、寂しくない。
けど、、大きくて強くて生き生きしてた恐竜じゃない。

時の流れには抗えない。
僕の知っている熱海は僕の中にしかいない。
でも、ニューアカオに泊まった僕は至って満足だった。

時代が変わったって熱海は熱海。
湯煙りは上がっているし、相模湾は変わらず碧い、
疎らになったけど、山裾から海に向かって散らばる夜景も綺麗。
あおきの干物は美味しいまんま。

熱海は長年の連れ合いみたいなもんだ。
歳は取っちゃったけど、笑顔を見れば
そこにはちゃんと若くて可愛かった彼女の面影を見つけられる。
だから未だに熱海に行っては昔の面影を探しては楽しんでいる。

熱海万歳!


画像は創業昭和27年の老舗喫茶店 「BONNET」 の店内。
ここの三島由紀夫も愛したここのハンバーガは美味です!
壁に掛かったMENUのイラストもとっても良い。
ずっと、熱海を見てきたお店です。
昼過ぎには閉めちゃうので早めのご来店を!

BONNET


レイかと思いきや、フィッツジェラルドのバージョンで、、




追伸

何だか思いとは裏腹にアカオの悪口みたいになってしまった。
書いてるうちに79年、アカオに泊まった時のエピソードを思い出した。
ここはロビーに行くためには、ホテル専用のトンネルを通るのだが、
宿泊した翌朝、父が車に乗った際ルーフに財布を置いて、
そのまま車を出してしまった。

程なくして気が付き慌てて引き返した。
焦りの表情が滲む父に母が聞く。
「パパ、幾ら入ってたのヨ???」
父、ボソッと呟く。
「100万」  一同シーン、、、
フロントに駆け込む。
直ぐに気がついたのだろう。
フロントマン、満面の笑みで、「ハイ、お預かりしております」
聞くと出勤してきたホテルの従業員がトンネル内で見つけてくれた。
拾ってくれた人にお礼を差し上げようとしたが、キッチリ固辞された。

最近行った時も従業員さんはとても親切でした。
アカオさん、その節はありがとうございました!
また泊まりに行きます。
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